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執筆者の写真団九郎

セックス動画が拡散されることを恐れて彼を刺殺③

入廷すると、すでに被告人は警察官に連れられて座っていて、担当の女性弁護人が被告人の手を取り、呼吸法を行わせて落ち着かせているところだった。


本日は、被害者の母親の意見陳述で被害者家族の現状と思いが語られた。

被害者の父親は事件以降悲しさと口惜しさとで歯ぎしりがひどく、奥歯がガタガタになってしまったこと。被害者の姉妹は仕事にも行けなくなってしまうほどショックを受けていること。被害者であるのに事件後、連日メディアが被害者のことを悪く報道していたことに対して名誉を守るために署名運動をしたりしたこと。被害者の息子を産んでからの楽しい思い出、被害者の優しさを感じさせるエピソードなどを語り、被告人に対して息子をお返してくれることができるのかと叫ぶように声を荒げ、この憎しみと怒りは死んでも墓までもってくと呪うように発言し、最後に被告人を絶対に許さないこと、厳罰に処してほしいことを訴えた。


被告人は被害者の母親の意見陳述中、微動だにせず話を聞いていた。


論告求刑

殺意があったという点では争われていないので、事件の責任能力についてが争点となり、被告人は精神鑑定によれば強いていえば、境界性人格障害だと診断されてはいるものの事件当時の判断能力が通常了解できないほどには影響がなく、刺すに至った直前の薬仲間から殺されるという妄想や、フォロー通知によって動画が拡散したと思い込んだことについても被告人のトラウマ体験や動画を撮らせたことの後悔のストレスを考慮しても事実によって着想可能な二次的妄想であり、精神障害によるものとはいえず、正常な判断を下しえる状況であった。

犯行状況は刃渡り15センチの包丁を一思いに人体の臓器が集まっている腹部を狙って刺しており、犯行後もドアをロックして犯行を隠そうとしている。

このように、非常に悪質で短絡的な犯行であり、過去の判例では10年から15年であり、懲役13年を求刑する。


被害者側の代理人である弁護士から意見

被害者は亡くなっており、死人に口なしとばかりに裁判では被告人の意見ばかりが取り扱われている不利益な状況があること、動画を撮影はしたものの拡散はしておらずその行為は悪質とは言えないもので、そのことによって殺されるほどのものではないし、そのことで訴えるなら法に訴えるべきであることなどが指摘された。


弁護側意見

被告人は事件当時、薬仲間から殺される、動画が拡散されるという妄想や思い込みにより、心神耗弱の状態にあった。

妄想とは鑑定人の意志によれば「確固たる訂正不能の思い込み」であるということ。妄想から殺人を実行するという流れは、正常な精神状態では了解できないこと。被告人は「殺す」という意図は当初から持っていないし、取り調べでも殺すということは発言していない。包丁で刺した瞬間は被告人はただ頭が真っ白になったと述べている。被告人は、刺した後、被害者と協力して包丁を抜き、「逃げて」といって被害者を外に出し、ドアをロックし、服を脱いで風呂に入っていたことは、その後救急車を呼ぶなどの救命措置をしてはいないが、殺すという意思があったとは思えない。

長期の刑は不要であり、疎外感をもっていた家族とのつながりも裁判の過程で修復されつつあり、家族のサポートがあれば社会に復帰しても再犯することはない。

過去の判例では、70%が執行猶予となっているが、今回は猶予は求めるつもりはないが、被告人はなるべく短期間で社会復帰させ被害弁償や償いを行うことで社会貢献させることが必要と考え、懲役3年を提案する。


※検察官と弁護士とで凡例の統計の取り方に違いがある模様(量刑データベース)。


被告人の最後の陳述

「まずは被害者のご家族にお詫びします。」「大事な命を奪ったことは赦してもらえることではないと思っていること」「社会に復帰してからも自分の体がなくなるまで罪を償います」「二度とこのようなことは起こしません」明瞭な声で、しっかりと、遮蔽のパーティションの中の被害者の母に語り掛けるような声で心のこもった陳述だった。陳述中、被害者の母親は声を上げて泣き出してしまった。


ここまで、被害者家族は一切の謝罪を受け入れていなかったが、この被告人の陳述を遮蔽のパーティションの中で嗚咽の中で聞いてどのように感じたのかはわからないが、この場面に私は対話があったと感じていた。


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